私の娘 14.元気な顔で会えるの楽しみにしているわ

がさがさがさ。

目が覚めたとき、すぐそばで物音が走っていた。

 

薄白いもやの向こう、白い服の女性が何やら作業をしている。

 

細い身体の女性がわたしの気配を感じ取ったのか、振り向いて口を大きく開けた。

 

「あぁごめんなさい、病室の準備ができてなくて」

 

カーテンレールを静かに引いて窓を開けたとき、

冷たい風がすーっと吹き当たった。

 

それはキズに直接沁み込んでくるような痛み。

 

あたかも感じてしまうのは、わたしが今“この場所”にいる理由を考えさせられた。

 

「すぐに暖房であたたかくなるわ」

 

「……ぁ…」

 

すぐに言葉がでなかった。

 

だが、頭のなかでは整理できていた。

 

「お父さん呼んでくるから、ちょっと待っててね」

 

女性はそう言うと、かけ足で部屋を出ていった。

 

窓のそとの景色を見ようとしたとき、反射した自分の姿が目に映る。

 

あぁ、やっぱり。

 

ここは、病院だ。

 

枕元には、赤い緊急用の受話器と連絡網が載った紙が貼っていた。

 

小さな田舎町において、地域医療の中核をなす総合病院。

 

町一番の病床数を誇る医療施設のベッドに、わたしは横たわっていた。

 

ため息をこぼすが、それも束の間、

次はバタバタバタと足音が響いてくるではないか。

 

「早季!!」

 

病室にかけ込んできたのは、父・久義であった。

 

芯のある声ではっきりとわかった。

 

呼び寄る父に対して、顎を動かすとピリっと痛みが走る。

 

それでも右手首を少しずつ父の方へと向かわせて、

身ぶり手ぶりで意思疎通を図ろうとすると、

 

「よかった……ほんとうに」

 

右手をぎゅっと握った父は、声を震わせている。

 

目が覚めてから数分程度が経ち、未だに意識が遠のくような

虚無感に包まれていたとき、ハッと気づいた。

 

お母さんは?

 

両隣のベッドに必死に首を曲げるが、母・幸恵の姿は見当たらない。

 

「お母さんは、大丈夫だよ」

 

なにが大丈夫なの?

 

いますぐにでも聞きたいことが、心の風穴に抜けていく。

 

「いまは自分の身体を、いいな?」

 

「うん」

 

返事とともに戻ってきた看護師が声をかけてきた。

 

「織辺さん。 今、意識が戻ったとドクターから」

 

「………」

 

「下の東棟、突き当たりがお部屋になってるから」

 

「わかった。 すぐ向かう」

 

父はそう言うと、看護師に深く頭を下げてお礼を伝えた。

 

「早季、また戻ってくる」

 

いつもは温厚な背中が、ほんの一瞬冷たそうにみえた。

 

病室をあとにした父。

 

ひとり残されたと思ったが、入れ替わるように看護師が寄り添ってくれた。

 

「ありがとう、ございます」

 

「今はお父さんの言うとおり、しっかり休んでね」

 

そのとき、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

「北本さん、急患です」

 

合図を送った女性は、かけ布団のしわを手で伸ばしながら話した。

 

「今はまだ体が痛いかもしれないけれど。

 明日、元気な顔で会えるの楽しみにしているわ」

 

ニッコリとした看護師も、すぐさま病室を出て行く。

 

みんな忙しそうだ。

 

仕事だから当然なのか。

 

「はぁ」

 

身体にはまだピリっと痺れるような痛みがある。

 

あるのだが、この程度でベッドに寝込むほどでもないと思う。

 

天井をずっと見つめながら、思案に暮れる。

 

あのとき、母はわたしを庇ってくれた。

 

直前の話だって、受け入れてくれた気がする。

 

母の実情を知らないで、勝手気ままに言い放ったけれど、

このままアクションを起こさないで過ごすよりはずっといいはずだ。

 

今のわたしをどう思うか、この先だって想像はつかない。

 

明日、母に会いに行こう。

 

お父さんも何か絶対知っているはず。

 

そう決意を固めたわたしは、誘われるようにゆっくりと目をつぶった。

 

 

 

 

 

 

 

    

        *

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

太陽を大きく覆いかぶさる曇天の朝、ひとり目が覚めた。

 

「おはよう」

 

「お父さん」

 

「さっき、家から着替えとか持ってきたから」

 

父が指さしたスポーツバッグには、タンスの中身を

まるごと移してきたかのように衣服がどっさりと詰め込まれていた。

 

「身体起こせるようになってから着替えること、いいな」

 

「もう大丈夫だよ」

 

しわくちゃになった衣服を一着ずつ丁寧にたたみ始める父は、わたしの顔色を伺い続ける。

 

心配してくれるのは嬉しいが、何日も入院するわけではない。

 

大袈裟だと思った。

 

「あとお腹空いてるだろう」

 

ビニール袋からおにぎりを取り出す父を前に、

ねぇ。 と身体を起こした。

 

「お母さんに会いたい」

 

「……あぁ」

 

「あとわたし、今日で退院する」

 

「いや、それは駄目だ」

 

痛みがないからといって…と反対を言うも、

 

「大丈夫だから」

 

わがままなところはすぐには変われない。

 

心配する父を無理矢理に振り切った。

 

「わがままばっかり、ごめんなさい」

 

頭に手を当てて悩んだ父は、

 

「わかった。 あとから痛くなったとか言うんじゃないぞ」

 

「わかってるよ」

 

せっかく持ってきた重い荷物を心ならずもまとめる父は声をかけた。

 

「手続きはやっておくから、ひとりで先に行ってきなさい」

 

「ありがとう」