私の娘 17.あの子に妬いてるわけがない!

 「早季、大丈夫?」

「ちょっとしんどくて……ゲホッ」

 

休憩時間、心配する明里に何事もなかったかのような面差しで答えるが

 

「やっぱり風邪だったの?」

 

「それも一理ある、かも」

 

勘が鋭い彼女の前では、上手く取り繕うことは難しい。

 

退院してからは、風邪と例のストレスに悩まされてずっと学校を休んでいた。

 

休んでいたはずなのに4日目の晩。

 

不思議に思った明里が直接訪問してきたこともあって万全ではないが

今日は登校することを決めたのである。

 

「考査も近いし、ここが踏ん張りどころよ。 早季」

 

「う、うん」

 

事故の詳細はもとより、巻き込まれたことはクラスの誰にも伝えてはいない。

 

今この場でも、話の辻褄が合うように言葉を選ぶのが精一杯だった。

 

そんなことで思考に捉われていると、隣からの話し声に耳がついた。

 

「なぁなぁ、知ってる?

 この前、俺の家の前で交通事故があってさ…」

 

「交通事故?」

 

「そうだよ。 事情聴取で警察とか家に来るけど、夜中とか寝てるっつーの」

 

「祭りの日か? 俺もサイレンの音で目覚ましたわ」

 

「もしかしたらだけど、テレビデビューするかもな」

 

自慢話のように語りだす男子に、恐れながら耳を傾けているとき。

 

「あたし、ああいうの嫌いだわ」

 

「え?」

 

思わず反射的に声を挙げたことに、明里は首を傾げた。

 

「いや、どうでもいいじゃん?みたいな。

 大きな事件だったら、そりゃ物騒だけどさ」

 

「あ、あぁ~!」

 

まるで心のなかで同調してくれた気がして止まない。

 

つらいときに共感してくれると、こんなにも嬉しいのか。

 

ひょんなことから感極まってしまった。

 

「明里ー!」

 

ぬいぐるみに抱きつくように、頭をうずめた。

 

「よしよし……なんか今日の早季、別人みたい」

 

ちょうど予鈴が鳴った頃、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

「さあ、ここまで。 今日このあと用事あるの?」

 

「放課後は…」

 

「あーやっぱりいいよ、身体やすめたほうがいいでしょ」

 

「あ、ありがと」

 

「はぁい、またね」

 

そう言って隣の教室へ帰っていった。

 

放課後の予定を考えたとき、“あの人”の存在が脳裏をよぎった。

 

あの、北本さんとかいう看護師に言われたこと。

 

一方的に沢山言われた気がするが、一字一句はっきりと覚えていない。

 

ただひとつ言えるのは、

 

「あの子に妬いてるわけがない!」

 

それは疑いもない事実。

 

「あ…」

 

自分でも驚くほどの声高に反応したクラスメートから注目の的となった。

 

「だ、大丈夫か、中谷?」

 

「何でもないです」

 

驚愕した先生から恐るおそる問われ、赤面して俯いた。

 

この赤っ恥は誰に責任をとってもらえばいいのだろうか……。

 

それに、未だにうやむやな気持ちが晴れないのは

退院するとき、投げやりに帰ってきてしまったこと以外に考えられない。

 

すでに4日が過ぎているが、今日は行ってみよう。

 

案ずるよりも産むが易しだ。

 

周りの視線を気にせず、ぐっと背伸びをして午後の授業に腰を据えた。

 

 

    

    

    

         

          

          *

 

 

 

 

 

身体、精神ともに怠さが残るまま、授業を終えたわたしは一目散に帰宅した。

 

留守電が一件入っているのを確認し、ポチっと再生ボタンを押すと

 

「もしもし、早季。 今日も仕事で遅くなる。

 もう帰ってるなら、お母さんのところへ行ってやってくれないか?」

 

低いトーンで喋っていたのは父だった。

 

「言われなくても…」

 

ぽろっと口からこぼれてしまう。

 

病院で話を交わしてから、まともに父とも会話をしていない。

 

わたしから話しかけないと、殻を破らないといけないのはわかっている。

 

ここで、大事な一歩が今すぐに踏み出せないのがわたしの駄目なところなのか。

 

ため息をつきながら荷物を置き、制服のままかけ足で家を出た。

 

 

 

 

 

平日の、特に夕方の病院はなにかと静かだ。

 

到着後、誰もいない殺風景な正面玄関に足を踏み入れたとき、付近の地面に目が行く。

 

今日は1日晴天であったにもかかわらず、未だに乾いていない

濡れた地面をみると、あの出来事を微かに思い出す。

 

……また気が重くなってしまいそうなときは。

 

わたしは赤の他人だ!!

 

と思えば、ほんの少しは楽に生きられるだろうか。

 

いつの間にか母より、自身の安否を案じてしまうわたしであった。

 

ペチッ。 と頬を両手で叩いて、病院に来た目的を自問する。

 

自嘲めいたくだらない感傷にひたっているうちに、病室までたどり着いてしまった。

 

来るのは2回目になるが、まだ母とは話す機会も、ましてや勇気もない。

 

緊張と不安のなかでゆっくりとドアノブを握り、引き戸を開いたその瞬間。

 

「誰?」

 

甲高い男の声が走った。

 

「あ……」

 

目の前に映ったのは、ベッドで身体を休めている母ともうひとり隣にいた男の子。

 

わたしと同じ城山中学の制服を着ていたのは、春樹くんだった。

 

「は、春樹くん……どうして!」

 

「中谷さん!」

 

どうして、母親と春樹くんが。

 

いや、それよりなぜ入院してることを知っているのか。

 

想像もつかない出来事に目が点になった。

 

 

 

……浅木祭り、よかったら3人でまわらない………?

 

……年頃なのはわかるけれど………。

 

……香織はもっと………。

 

 

 

しばらく経った後、2人がいる現状を理解してしまったわたしは、

 

「ふあっ…!!」

 

「早季、病院では静かに」

 

身体を寝かしたままでいる母から冷静に言葉が飛んできた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「村上くん、来てもらったのにわるいけれど早季と代わってくれるかしら?」

 

軽く頷いた彼は、わたしと入れ替わるように退室した。

 

「驚かしてごめんね」

 

と、すれ違いざまに彼の小声が聞こえたが、

気が動転していたこともあって返事はできなかった。