私の娘 11.あたしと2人じゃ、ご不満でも?

 太陽が沈んで辺りが暗くなったころ、小さな明かりがポツポツと灯しはじめた。

 

1人ひとりに提灯が配られた子どもたちは、長い列をつくり、

大人に誘導されながら御子島神社へと歩を進めていく。

 

その最後尾には、荒れ狂う波のように激しく舞い続ける獅子舞が通りを闊歩していた。

 

11月30日。

 

浅木町の長い夜が始まった。

 

法被を着たわたしは、神輿の側についていき、神社まで待機する。

 

神社までの通りには屋台が多く並び、

獅子舞に目を向けない子どももちらほらとみえる。

 

去年まではずっと明里たちとあの場にいたのになぁ。

 

軽くため息をつきながら、わたしは小さく呟く。

 

思い出にひたると同時に、鉄板焼きそばのソースのこうばしい香りにはぐっと我慢を続けた。

 

ちょうど御子島神社に到着したとき、脇道から声がする。

 

「早季ー! がんばってねぇ」

 

明里だ。 となりに春樹くんもいた。

 

それにしても、応援とは。

 

これでは運動会に参加する子どものようだ。

 

微笑んで返事したあと、持ち場に意識を集中した。

 

そして、幕の中に入って頭を手に持った男性は、神輿周辺で笛を持つ数人に合図を送る。

 

さて、年老いた男性たちが主導による獅子舞において、

わたしの存在はとにかく目立つのだが。

 

「早季くん、大丈夫。 練習通りでいいんだ」

 

傍で笛を手にした会長の言葉に、こくりと静かに頷いた。

 

パチパチと薪の弾ける音が神社に響きながら、

ひとりの笛の音と同時に獅子舞の披露は始まった。

 

よし、今は集中。

 

自分の心のなかに訴えかけるように、精神統一。

 

笛に続くように、わたしも気を込めて太鼓を叩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

緊張はしなかった。

 

練習通りに叩いているからだろうか。

 

気がつけば、バチを持つ両手の感覚すらなかった。

 

一定の間隔で絶えず上下する自分の腕の先に、2人の姿がみえる。

 

はやく終らわせて、遊びたいな。

 

ポロリと漏らしたとき、母の様子が脳裏にちらつく。

 

……心配、してるのかな。

 

シャリンシャリンと、リズムを刻む神楽鈴の音が

町民全体の意識を獅子舞の踊りにさらに引き込んでいく。

 

また、ざわめいていた子どもたちは、おどろおどろしい笛の音と轟く太鼓に、

魅了されるかのように、いつしか視線は獅子舞の頭に向かっていた。

 

喧騒な祭りからより一層厳かに感じたそのころ、

早くも生き途絶えるかのように舞は終えた。

 

「いいねー! もう一回やっちゃう?」

 

なーんちゃって。 と会長は冗談交じりに笑いを取る。

 

パチパチパチと町民はそれに応えるように拍手喝采がわき起こった。

 

ちょっと、会長……。

 

 

 

 

 

 

 

結局、2種類の舞を終えた。

 

訪れたときは、勢いよく燃えていた薪も徐々に弱くなっていた。

 

おわった……。

 

長い練習によって、納得の成果を出すことができたからか、今はとても清々しい。

 

ぞろぞろと町民が去っていくなか、ひっそりと後片付けを始める。

 

重い締太鼓を担いだそのとき、後ろから会長が肩をトントンとたたかれた。

 

「片付けはいいよ。 向こうで待ってるのは友達だろう?」

 

指先に視線を合わすと、明里がピースサインを送っていた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

ひとり片づけを手伝わず、そのまま遊びに行くなど……。

 

もし、そんな人を見つけたら、誰かが呼び止めてもおかしくはないはずだ。

 

とは思ってはいたが、会長はわたしの気持ちを読み取っていたのかもしれない。

 

親しい友人の子どもとあらば、なおさらに。

 

大人たちが作業をしているなか、申し訳なさそうにその場をあとにした。

 

 

 

 

神社を出ると、門のすぐそばで明里たちは待っていた。

 

「おつかれさま」

 

「ありがとう。 長引いちゃってごめんね」

 

腰を下ろしたまま迎えた2人は、よほど足が痛いとみえる。

 

「暖かいもの食べたいねぇ」

 

両手に白息を吐く明里はそう漏らした。

 

屋台、まわろうか。 と春樹くんの呼びかけにわたしも続いた。

 

 

 

 

 

     *         

 

 

 

 

 

どうしよう。

 

人だかりの少ない路地で、ひとり頭を悩ませる。

 

知らずしらずのうちに、うやむやな状態になっていた。

 

お母さん。

 

きっと、待ってるよね。

 

そのことがずっと頭の隅っこから離れない。

 

つい最近まで、時間を気にしてまで、帰ろうと思ったことはない。

 

親に怒られる心配よりも、単純にもっと遊びたい気持ちが強かったからだ。

 

でも。

 

今は、わたしの母親が、帰りを待ってくれている。

 

たとえ“あの子”でも、自分の子どもを。

 

「どうしたのよ?」

 

2人の後ろに隠れるように俯いていたわたしに気付いたのか、彼女は心配そうに声をかけた。

 

「あ……その」

 

今なら。

 

今なら、まだ間に合う。

 

心のなかでなんとか言葉にするも、こちらから切り出せない勇気のなさ。

 

となりには春樹くんもいる。

 

約束までしていたのに、また今度遊ぼうよ。 なんて言えるわけがない。

 

友達と目を合わせることにも躊躇するなんて……馬鹿者だわたしは。

 

決心がついたとき、やっとその口は静かに開いた。

 

「その、ごめん……。

 わたし、やっぱり帰らないといけないの」

 

やっぱり? と軽く頭を傾げる彼女たち。

 

しばらく間をおいてから、2人はお互いを見つめあう。

 

「あたしと2人じゃ、ご不満でも?」

 

「え、いや。 そんなこと」

 

ジロリと彼の心を見透すかのように言った明里。

 

次はわたしに言い放つ。

 

「……今度断ったら、この前言ってたスイーツ店。

 早季のおごり決定ね」

 

明里!!

 

ふわっと胸が軽くなった。

 

「うん! 約束する!」

 

戸惑いをみせるも納得した2人を背に、わたしは全速力で家に帰った。