私の娘 12.きみが、かおりちゃんかな

 ガチャリ。

暗闇のなか、玄関のドアノブを静かに引いた。

 

「た、ただいま……お母さん?」

 

小さな声で母を呼ぶも屋内から返事はない。

 

リビングに入って明かりを点けるも、誰もいなかった。

 

奥のキッチンを覗くと、周りは綺麗に片付けられ、

夕方に洗ったであろう食器も十分に乾いていた。

 

壁掛け時計を見ると、ちょうど22時が過ぎたところ。

 

……母は祭りにでも出かけてしまったのか。

 

そうだとしても、食べに行く約束を忘れることはないだろう。

 

「どこ行ったんだろ」

 

ひとりソファに転がり、天井に目を向ける。

 

明里たちと別れてしまったことに悔やんでいても仕方がない。

 

ただひたすらに母がとる行動をひとつずつ思い描いていた。

 

今の状態をみるに、わたしを探しに行ったとは考えられるだろうか。

 

帰りが遅い自分を心配して、わざわざ神社に迎えにきてくれたとしたら。

 

固唾を呑んだわたしは、走り疲れた重い体を無理矢理に起こした。

 

このまま待ち続けていても、埒が明かない!

 

バタバタバタと廊下を走り、家を飛び出した。

 

こんな夜遅くに、無謀にも親を探しに出かけるなんて……冗談じゃない。

 

冗談じゃないのに、それでも心配でままならないのは、きっと。

 

想うばかりで、答えを導き出せない1日を朝から送っている気がした。

 

入れ違いにならないことを祈りつつ、再び神社方面へと探しに出た。

 

 

 

 

 

神社よりも少し手前にある閑静な住宅街、佐久間ニュータウン

 

祭り当日であっても、交通量は依然少なく、ましてや人の気配がない。

 

誰もいない交差点には、赤信号が意味もなく点滅を繰り返している。

 

「はぁはぁ」

 

独り息を切らしたわたしは道路沿いの公園にたどり着いた。

 

かれこれ1時間近く探し回ったが、一向に見つからない。

 

……こんなところにいるわけないか。

 

とうとう歩き始めたわたしは、ベンチに座り込んでしまった。

 

人目を気にせず、がに股で乱れる呼吸を整える。

 

日中は子どもが賑やかに遊んでいる市民公園。

 

今は静まり返っている、はずだったが。

 

となりの駐車場で複数の若い男がざわめいていた。

 

「先輩、どうします?」

 

黒いジャケットを羽織った男性の甲高い声はすこし離れていても、はっきりと聞こえる。

 

「常識的に、まずは警察でしょ」

 

長身の男性は冷静に答えるも、

 

「でも、俺らが疑われたらどうするんですか?」

 

何かを危惧しているのか、わたしはゆっくり近づいていく。

 

その先輩らしき男性の手前には、ひとりの女性がペタンと地べたに座っていた。

 

男たちに囲まれているような体制のなかで、

無関心にもへたり込んでいる。

 

血が騒いだわたしは、側に近寄って声をかけた。

 

「あ、あの!」

 

気付いた男たちが振り向いたそのとき、露わにした女性の背中に悪寒が走った。

 

短く束ねていた髪はほつれていたが、放心状態でなお残る切れ長の目に、

部屋着である薄黄色のカーディガン。

 

そして、悩ましくもぶつぶつと独言していた“あの名前”。

 

心臓が止まりそうだった。

 

「お母さん!!」

 

慌てふためき、男たちの中心に割って入った。

 

凝視する男たちを歯牙にも掛けないで、母に抱きつく。

 

だが、わたしの声に気が付かないのか反応がとても薄い。

 

「お母さん……!」

 

えっと。 と長身の男が声をかけてきた。

 

「きみが、かおりちゃんかな」

 

片膝を地面につけ、顔を伺うように確認をとられた。

 

「あの。 それが、何か」

 

母を両手で抱えながら顔を上げ、聞き返した。

 

一瞬、交差点で左折した自動車のライトがこちらを照らした。

 

モデルのような長身に、綺麗な瞳をした男性はほんの数秒、わたしを見る。

 

突然、他の3人を車に乗るように指示したあと、怪訝そうに応える。

 

「この人、外に出してたら危ないよね?

 ちゃんと家に連れ帰ってあげなよ」

 

優しそうな顔から思いもよらぬ返答だった。

 

「見つけたのが俺でよかったよね、ほんと」

 

それ俺も含んでますよね。 と車の助手席から顔を出した男性が笑いながら言う。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「はいはい」

 

その物言いは本当に親切心か、あるいは単なる嫌味なのか。

 

すみません。と頭を下げ、呆然とする母を連れて、いっしょに公園をあとにした。