地獄から夢をみる1週間をお送りします あとがき

 口頭試問。

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と言い表すと精神的な圧力をわたしは感じてしまいます。

 

「卒業研究の発表」とくだいて表したい。

 

こちらを本日終えました。

 

まず、提出日の一週間前になって、あのような文章を書いたのは

強者の余裕でもなければ、趣向を凝らしたわけでもありません。

 

追いつめられると無駄な努力を発揮したくなる、そんな性分なのでしょう。

 

 

 

さて、発表と質疑応答のできる時間を一人ひとりに与えられた今日一日。

 

なぜか順番は最後に割り当てられたわたし。

 

一番緊張したのは、日中 胃痛と吐き気に苛まれた自分だろうと勝手に思い込みます。

 

質問は、数名の教授からホイホイと虚をつかれ、

最もな返答ができた学生は、やはり回答をしっかりと準備していた人。

 

まるで就職面接のようです。

 

貴重な考える時間をテレビゲームに充てていた わたしは当然準備不足。

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

 

平安の僧である市上人をふと思い浮かび、そして恥を捨ててきました。

 

 

 

ところで、詳細なテーマは都合上によって伏せますが、わたしが研究したのはごく一般的な「朝食」に関することでした。

 

よく言えば正統。

 わるく言えば異端。

 

単位だけ取ることができたら、という哀れな自己基準だったからです

(その道のプロである研究者の方々には大変失礼なことでありますが)。

 

正直に言いますと、わたしの人生におけるたった一度の研究が

ありきたりな「朝食」をキーワードと決めたことにずっと悩んでいました。

 

周りの進行度やテーマが気になり、振り回されるのはいけないことですが、学生たちはどれも学術的で、明確な目的と実証研究(データ集め)がありました。

 

それらは「おっ」と、唸らせる研究の数々。

 

自分の研究があまりにも稚拙に感じながらも、論文本体の提出まではこぎつけることができました。

 

ちょうどそのときに教授といっしょに味わった達成感。

 

それはすばらしい結果や熟考を重ねた考察ではなく、研究の「プロセス」でした。

 

科学的根拠に基づいて行う理系で主につかわれる言葉ですが、

研究に関して言えば、課題発掘から検証までの一連の流れ(過程)であります。

 

つまり内容よりも過程が大事、価値があるということでした。

 

上記はイギリスのある詩人の受け売りになっていますが……。

 

 

ここで少しテーマに触れますと、「朝食不要論」のように朝食と端的に表しても、まだまだ謎が多いことは周知の事実です。

 

特にインターネットに蔓延るお題でもあるので、せっかくの機会として極端な意見を言います。

 

 スポーツ選手でない方は朝食をとるべきです(流動物を含める)。

 

 ……こんなことを書いたのは、長時間練って、編み出して、用意した回答が生かされぬまま、よりにもよって、即日シュレッダーで廃棄されるのが虚しかったからです。

 

 

 最後に、研究に携わるなかで何度か耳にした言葉。

 

“学びの集大成”

 

こんなに輝かしい響きのある言葉は、わたしは未だに感じたことがありませんでした。

 

研究を終え、三田牛を食した今だからこそ心にそっと感じています、

 

 

 

 

 

 

けれど

 

今日に限り

 

自分の発表に限り

 

もう二度とやりたくない。

 

 

おわり