私の娘 2.今日からお前は織辺家の娘だ

 お昼前の授業中、早季は窓際の席から校庭を見下ろしていた。

校庭にそびえたつ大木が日陰となって、心地よい風が教室に吹きこんでくる。

 

この風がまた気持ちよくて、今にも寝てしまいそうだ。

 

ねむい、とため息まじりに机に肘をついた。

 

眠気と同時に、今日のお弁当が何なのか、気になってしまう。

 

 

 

 

 

実は母のつくるお弁当はすごく美味しい。

 

いつも手作りのおかずが数品入っていて、味付けもわたしが好む薄味だ。

 

庭の畑で育てた新鮮な野菜をつかったり、

 

台所の隅には料理本が多く揃えている。

 

また、味に直接関与しない盛り付けにも気を配っている。

 

料理ができないわたしでも、このように母の料理に対する熱意が伝わってくる。

 

母にとっては料理そのものが趣味なのかもしれない。

 

今日も美味しかったよ。 なんて母に直接伝えたことはないが、裏では感謝しているのだ。

 

将来は母を見習って、わたしも料理ができるようにはなりたい。

 

校庭の木々を見ながら、将来に向けての考えを膨らましていると、

 

「織辺さん、織辺さん!」

 

はっと気付き、先生に呼び起こされてしまった。

 

いや。 起きてはいたが、授業中だったことをうっかり忘れていた。

 

周りからクスクスと笑い声も聞こえてくる。

 

「もう少しで終わりだからね」

 

先生はにっこりと笑い、わたしはペコリと頭を下げた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

長かった午前の授業も終わり、昼休みは親友の明里と昼食をとっていた。

 

「早季、大丈夫? 今も何かぼーっとしてるし」

 

「大丈夫だよ、ちょっと眠たかっただけ」

 

心配してくれた明里に、ありがとうと伝えた。

 

 

 

わたしの名前は中谷早季。

 

実の両親はわたしが生まれてすぐに亡くなっている。

 

2人とも避けようのない交通事故に見舞われた。 と今の親から聞いている。

 

誰も身寄りがいなかったわたしは、亡き父の友人にひきとられ、それが織辺家であった。

 

大人の事情で何も知らないまま、織辺家へ初めて訪れたときに、聞いた言葉がある。

 

「早季、今日からお前は織辺家の娘だ」

 

織辺久義さん。 わたしの今の父親だ。

 

抱きしめてもらったときに感じた、家族のぬくもりというものは今でも忘れられない。

 

しかし、あのとき隣にいた母は優しい表情をしていなかった。

 

思えば、母が笑ったり、優しい顔をしたところは見たことがない。

 

いつも冷淡とした顔色で、何か気掛かりを感じさせているような態度をしているのだ。

 

邪険にされたことなどは一度もない。

 

なのにどうしてそんなことを考えてしまうのだろう。

 

 

「またぼーっとしてる」

 

 

あ、と思わず声を出した。 今は気にしないことにしよう。

 

2段弁当の上段には、手作りのおからコロッケとシャキシャキのレタスがあった。

 

レタスを箸で動かすと、綺麗なタコさんウィンナーが顔を覗かせていた。

 

「早季のお母さんって料理上手なんだね」

 

うん。 と他人事なのに、さも自分も料理ができると自負するかのような返答をした。

 

弁当箱の下段を取り出すと、ふっくらとした白飯があった。

 

登校中に揺れて形が崩れてしまったが、彩り豊かなそぼろが敷き詰められていたようだ。

 

「ねぇ、早季は知ってる? お弁当の中身で、つくった人の性格はわかるんだって」

 

「性格?」

 

「うん。性格。私の見立てによるとね、早季のお母さんは……」

 

首をかしげながら考える明里をみたわたしは、

 

「お母さんは丁寧で料理が好きなだけだよ、きっと」

 

えー。と彼女は残念そうに頬を膨らました。

 

「あーあ、あたしも料理上手くなりたいなぁ」

 

お弁当で性格がわかるなんて……、そんなことなら苦労しないよ。

 

「どうしたの?」

 

ううん、なんでもないの。と気を遣わせた明里に謝った。

 

母はかわいらしいお弁当をつくるような人柄ではない、と思うのだが。

 

 

 

 

 

毎日みるこのお弁当。

 

色々と手厳しいところはあっても、母はわたしのこと大事に思っているのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2/28追記 

16列目

 

× 「織辺さん、織辺さん!」

 

○ 「中谷さん、中谷さん!」