腕時計の試着はわたしを恍惚の境地へと運ぶ

人生一回限りの感情だとおもう

先日、TAG Heuer(タグ・ホイヤー) の正規販売店へ行った。

ショーケースに視線を落とすわたしに向けて店員の男性が声をかける。

「なにかお探しでしょうか?」

「リンク クロノグラフを探していまして」

こちらですね、と細い指先で腕時計を指し示す。

「こちらがリンクの最新でございます」

煌びやかに輝くリンクを見つけ、わたしはホッとした。

これがリンクか……。

「リンクに何かお心当たりがあるのでしょうか?」

暫しのあいだ見惚れ続けているわたしに、その男性は謙虚に問いかけた。

「すみません、海外の俳優が映画で着けていたのでつい」

「もしかして、ボーンシリーズですか?」

「そうです!」

こちらから言うまでもなく、相手のワードに強い関心で食いつく。

20代前半の人間が食いつくのは珍しいかもしれないが、博識な男性はそのまま手慣れた様子で試着を勧めた。

「ぜひ試着を」

「あ、ありがとうございます」

実物が見られただけで十分嬉しかったのだが、試着までできるとは。

深くお辞儀をして左手を差し出した。

すぐさま両手に手袋をスッとはめた男性がリンクを手に取る。

心のなかで喜びを隠しきれないわたしは、顔をほころばす目の前で試着させてもらった。

試着したのはLINK CALIBRE 17 CBC2110.BA0603

感想としてはまず意外と軽い。軽いというのに絶妙な重みも感じるのだ。

また、ブレスレットは「着ける」よりは「包む」感触。

そしてフェイスはクロノグラフでありながらもシンプルなインデックスと、艶やかなロゴマーク

「四世代ですからデザインが現代風にはなっていますが、このブレスレットのようにリンクは一目でわかるのは今でも特徴的ですね」

おぉ……。

頷くもしばらく言葉が出てこなかった。感動すると言葉がでてこないものなのか。

言語化できない歯がゆさでさえ感じないほどに、わたしはひとり腕時計に思いを馳せる。

音速の貴公子アイルトン・セナが愛用していたS/elの後継機、リンク。

歴史のあるブランドで90年代に提唱された「Don’t Crack Under Pressure」

スタイリッシュな姿に変わった今も、セナの意志が後継のリンクに引き継いでいると強く実感した。

そして、その初代リンクを身に着けていたジェイソン・ボーン

大胆不敵で勇ましい主人公が一作目から着けていたのだ。

絶体絶命の状況であっても、目標の為に最後まで諦めない姿は、まさに映画の物語とリンクしているといっていいだろう。

幼少期から趣味で見せられてきたものが、時代を追い、今日試着したことで繋がったような気がする。

走馬燈のようによぎる記憶や思い出、こればかりはF1マニアの親に感謝の念がつきないだろう。

そんな様子をずっと見つめていた男性は多くを語らず、ただ静かにほほ笑んでいた。

鑑賞と試着という喜ばしいひとときを得たつむぎこ。

帰りにはその男性から冊子をいただいた。

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挿絵に写るセナがかっこいい。

冊子までいただけるなんて、こんなに嬉しいことはないよ。