私の娘 1.いってきます

 わたしは母がきらいです。

 テストでいい点をとっても、家の手伝いをがんばっても、褒められたことは一度もありません。

 

それができて当然のような顔をするのです。

 

なのに失敗ごとがあると、ものすごい形相で母は詰め寄ってきます。

 

わたしには頭を下げて、反省することしかできません。

 

生まれ変われるのなら、ぬくもりのある優しい家庭のなかで過ごし、生きていたいです。

 

どうしたら母は不できなわたしを認めてもらえるのでしょうか? 

 

本当の家族って何なんでしょうね。

 

 

 

 

    *

 

 

 

 

チュンチュンと小鳥が朝を知らせるような鳴き声と同時に、甲高いアラームが部屋中に鳴り響く。

 

目が覚めると、自室のベッドの上だった。

 

夢だった……。

 

夢の中で"わたし"が話していた。

 

随分と変わった夢をみていたが、今は考える余裕がない。

 

眩しい朝日に手をかざしながら、傍の時計を見た。 時刻は7時17分。

 

寝てはいられない。学校があるのだ。

              

まだ温かいベッドでゴロゴロしたくても、二度寝はできない。

 

どうせなら楽しい妄想を夢見たらよかったのに。 とつぶやいて、怠い身体を起こした。

 

 

 

 

 

 

重い足取りで階段を降りると、台所からトントントンとまな板に包丁が当たる音が聞こえてきた。

 

「あら、おはよう。朝ごはんできてるわよ」

 

「おはよう」

 

夢の中で対象だった人物が台所にいた。 わたしの母である織辺幸恵だ。

 

「お父さんは?」

 

「もう出かけたわ。もうすぐ私も行くから、戸締りお願いね」

 

「うん」

 

軽く朝食を食べたあとに準備を済ませ、家をでた。

 

誰もいなくなった織辺家を背に、わたしは静かに声を出す。

 

「いってきます」

 

 

 

 

 

 

今日は10月13日。

 

いつしかし朝方はすっかり冷え込み、日中でさえも肌寒く感じてくるこの季節。

 

夏休みのときの猛暑が嘘のように思えてしまう。

 

誰もいないまっすぐな農道で、今日も冷たい風を感じながら登校した。

 

この寒さのまま、天に続きそうな道を長時間歩くのはもう慣れている。

 

いつもと同じ通学路を、少し早歩きで学校に向かった。

 

 

 

わたしは早季。

 

のどかな田園地帯が広がる浅木町に住んでいる、城山中学の2年生。

 

朝からあんな夢をみたけれど、わたしは母がきらいじゃない。 きらいと思ったこともない。

 

しかし、怒られるようなことは確かにあった。 ちょっと厳しい人ではあるかもしれない。

 

どうしてきらいだと思ったのだろうか。

 

うーん。と考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。

 

 

 

 

そんなことで思考を張り巡らせていると、学校に着いてしまった。

 

いつもならそこそこ時間がかかるが、早歩きだったおかげだといえるだろう。

 

満足げに校門を過ぎて、靴箱を通りかかると、

 

「あ、おはよう」

 

同じクラスの村川春樹くんが声をかけてきた。

 

「おはよう。……何持ってるの?」

 

「これ? 演劇の台本だよ」

 

演劇。 今年の文化祭にわたしたちが発表する催し物のひとつだ。

 

「春樹くんが台本つくったの?」

 

「違うちがう。僕はただ裏方として、打ち合わせするのに手直ししただけだよ」

 

春樹くんは軽く微笑みながら答えた。

 

実を言うとわたしも裏方だ。

 

舞台の上で演技がこなせるほど、わたしは度胸のある人間ではないからだ。

 

また、学校で催し物をすること自体、あまり乗り気ではなかったりもする。

 

「春樹くんってさ、ちょっとミステリアスだよね。

 自分から裏方を選んだり、大人しくて一歩引いてるような感じがさ」

 

「あはは。君のお母さんにも同じこと言われたよ。

 そういえばここ最近、祭りの準備手伝ってるんだよね?」

 

「うん。準備っていうか獅子舞の練習でね。太鼓をたたいてるの」

 

へぇ!すごいなぁと、彼は驚嘆の声を上げた。

 

そこまで褒められると、ちょっとばかり恥ずかしい気持ちになる。

 

ほどよく会話が弾んだところで教室に着き、2人はそれぞれの席に座った。

 

今日は好きな体育がない。座学ばかりで、長く退屈な一日になりそうだ。