品性高潔の結晶、その断片を探して

地元を離れて、気が付けば1年。

また新しい春を迎えた。

生まれ育った地元で就職活動をすることに躊躇した僕が最終的に選んだのは、
実家から遠く離れた地方での就職だった。

というのも、地元以外の地域を知ることはいずれ良い経験になると僕は信じていたからだ。

ひとり知らない土地で、知らない人間とともに送るのは新鮮かつ不安交じりの日々。

言葉、食事、文化、思想、環境……。

同じ国内に住んでいるのにまるで異なるものばかり。

今までは当たり前だと思っていたもののいくつかは綺麗に打ち砕かれ、少しずつ順応性が培われていった。

人間の適応力、その再構築とはやはり不思議なものだ。

 

そんな日常に囲まれるなかでの退勤後のはなし。

「あんた、これ持ってき」

速やかに帰ろうとした途端、後ろから声がかかる。

僕よりも年上で、腰の据わった職員はビニール袋をぐいっと差し出す。

恐るおそる中身を確認すると五平餅が入っていた。

「あ、ありがとうございます」

深々とお礼を言う。

「家着くまでお腹空くでしょう、ちょいと冷めたが食べておき」

「はい、ではいただきます」

ちょうど小腹が空いていたので嬉しかった。

なのに、嬉しい感情の裏で魔が差した。

どうして素性のわからない僕に、こんな温かい差し入れがいつもあるのか。

誰彼構わず、ではないようにみえる。

地域の特産品などいただけるのはありがたいのだが、そんな感情がいつも頭によぎってしまう。

がたんごとん。

となりの自販機からでてきた缶ジュースを袋に勝手に詰められ、「じゃあね」と過ぎ去っていった。

袋から透けるパッケージには僕の好きなエナジードリンクが入っている。

美味しそうな五平餅も目の前にして、無駄な葛藤をまた続けていた。

 

後日、僕は同じ部署の人に聞いてみることにした。

「それは親心なんだよ」

僕の葛藤は綺麗に砕け散る。

「食べ物以外でもそういうところあるし、じきにわかるよ」

そうですか、とまだ理解が乏しい自分には仕方ないと働きかけた。

 

しばらく経った今、その人はなにも変わってはいない。

親切に接してくれることを、本人の人柄そのものと見抜けなかったのは僕の見識の狭さだろう。

前述した文化の多少な違いに慣れることよりも、もっと大事なものがあるんじゃないかと感じている。

目に見えるものでも、言葉に出るものでもない。

このとおり今は漠然としているが、地元に住み続けるありがたみの手がかりを僕は得られた気がする。

 


五平餅、うまい。